2008.08.27

新杉田を歩く:不思議な井戸

新杉田駅から職場までは,平坦な歩き.おそらくは埋め立て地や旧海岸線そばをたどることになります.

M_ca340028_sugitaido
比較的大規模な集合住宅もある.さて,そんなマンションの前に,奇妙にフェンスで囲まれた部分があります.なんでしょう?

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近くに寄ってみると,鉄板で地面が覆われた,直径数メートルの円形の部分となっています.何なのでしょう.大きすぎるのだけれど,ふいんき(←なぜか変換できない←と書くのがお約束)は井戸なんですよね.

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2008.08.24

新杉田の朝


M_ca340005新杉田駅下車徒歩13分で,いまの職場.

駅前にはバスターミナルがあります.普段は通らないこのターミナルに,ちょっと寄り道してみました.


・・・バス停にものすごい行列.

M_ca340009
どこ行きなんだろうと見てみると,どうやら海岸部にある大きな工場行きというものが多いようです.

あがたしの職場は9時からなのですが,9時ちょうどに着けるような時間に行くと実はこの行列は長くありません.もっと早い時間に行くと盛大な行列が延びているのです.始業は8時半くらいなのでしょうか.

あがたしは30年前にこの近くに住んでいたことがあります(当時の家を見に行ったら,庭をつぶして増築されていたものの,まだあのときの姿で残存していました).そのころ,海岸線はもうすこし陸側にあったような気がいたします.

まだ新杉田周辺は歩いていないところがあるので,これから暇があるかぎりお散歩大会です.

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2008.07.15

翡翠原石館(終)

昨日の続き:やっと終了です.

暴風雨に閉じ込められたわれわれは翡翠原石館の内部をつぶさに見学したわけです.

#それにしても翡翠原石館のドメイン「hi-su-i.com」はものすごいなぁ

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明るい吹き抜け(写真は再掲)を持つ一階に入ると,そこが受付.700円払って入ります.館の大きさに比べると高額に感じるかもしれませんが,内容はなかなかのもの(ちなみに,紅茶をサービスしてくれます).受付の人に自分はクライマーなのでヒスイ峡は行ったことがあると立ち話.


M_20080712_hisuitenji

二階は明るい展示室.原石がごろごろしていて,コレクターの場となっているそうです.館の主らしき人がなにやら商談をやっていました.

一階から二階に上がる階段の脇には,翡翠を中心に鉱石を大量に使ったモザイク壁画もあります.壁画の題名は「奴奈川姫」.これを読める人はかなりの通?ぬなかわひめ,と読みます.日本を代表する翡翠産地糸魚川に残る伝説の主人公です.大国主命がわざわざプロポーズのためにやってきたというほどの知性と美貌の持ち主.

ぬな河の底なる玉 求めて得し玉かも 
 拾いて得し玉かも
 あたらしき君が老ゆらく 惜しも
(万葉集より)


さて,後回しになりましたが一階の紹介です.

M_20080712_hisuirouka

1階の吹き抜け部から続く廊下.敷石は当然全部翡翠原石です.写真左の黒いドアを入ると展示室です.面白いことに展示物にはすべて値札がついています.この館は工作所を併設してあり,ここで作ったものも売られているようです(商品の一部紹介).

妻と二人で「懐かしく」展示を見ておりました.なぜ懐かしいかというと,実は初デートが東京・上野の国立科学博物館,それも翡翠展見学だったからです(すでにマニアックさを発露し始めているような).そういえばあの日も雨だったような気がする・・・

この展示室は非常に暗かったので写真はなし.同館のWWWサイトの写真でお楽しみください.


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さて,廊下の入り口の敷石が面白い.トラの図柄が現れた原石です.

もとは巨大な岩だったのを切断・整形する際に切り口に現れた模様だそうです.さて,その原石は結局何になったかといいますと・・・



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お風呂です

分厚い石で出来た浴槽.さすがに熱容量が大きいので,なんと最初から70度のお湯を入れるんだそうです.で,浴槽全体が温まる頃にはちょうどいい湯加減になっている,と.そうなると,簡単にはさめないですね.それにしても光熱費がかかるだろうなあ・・・と貧乏性にも考えてしまいました. ヒスイに打ち込んだ館のオーナーの執念を感じさせる代物でした.

なお,ヒスイ峡にも糸魚川の海岸にも,見てすぐ分かるほどのヒスイがごろごろしているわけではないそうです.海岸ではなんとダイビングしてヒスイを探す人もいるとのことでした.

ゆっくり見学し,紅茶をいただき(マニアックにミャンマー産かと思ったらさすがにそうではなかったらしい)一息ついたら,雨も上がりました.それにしても短く(そしておそらくは狭い範囲の)強い雨・風でした.この館に入らなかったら全身ずぶぬれは確定だったでしょう.

何度も行くところではないかもしれませんが,実に面白い館なのでありました.

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2008.07.14

野分(翡翠原石館3)

野分というコトバがあります.

のわき,と読みます.俳句の世界では季語になっています.古語でもたまに出てくる言葉です.そういえば源氏物語54帖の中に巻名として出てきます.

意味は,暴風雨.とくに台風関係です(強風で御簾がまくれあがって,夕霧の目に美女(紫の上)の姿が見えた・・・というのが源氏物語「野分」の描写).

さて,翡翠原石館に入ってすぐに起こったのが,まさにこの野分.

M_20080712_hisuiniwa
雨・・・というジャンルじゃないですねこの音は.もしこれが一時間続いたら100mm/時間超は間違いない音.と思ったら,なんと降っているのは金平糖くらいの大きさの雹ですね.屋根をたたく轟音が瀟洒な博物館の中に満ちます.そしてもちろん強風.広い庭(写真を再掲.よく見ると木々がぬれているのが分かるでしょう).


一緒にいた妻は「こんな危険な香りのする風雨は初めて」と申しておりましたが,あがたしにとっては3回目くらいかな.風という点ではかつて安達太良山に登ったときの「砂利が真横に飛んでくる」横風が一番ものすごい体験ではありました.雨ならば本当に1時間通算で100mm超を食らったときがあるし(これは市街地~東京都杉並区~でしたが).このときは雨宿りと称してバーにはいって結局一晩帰れなかったんでしたっけ.雨を言い訳にしたわけじゃないけど(笑),あれじゃ外に出てゆけないという雨脚でした.

それはそうと,この美術館は外光を大きく取り入れる構造になっているので,庭が丸見えです.その庭の木々が大きく大きく揺れています.近くでは結構再開発とやらで大型クレーンを入れた高層ビル建築が進行中なんですよね.あれらが倒れてしまわないか,何か事故は起こらないかと心配になってしまいました.

というわけで本格的に雨宿り決定となってしまったわけです.でも雨宿りという用件(?)がなくとも,ここは大変面白い場所でした.<続く>

<後日記>気象庁の記録がでています.写真や考察付きです:PDFファイル.ダウンバーストや,よりマニアックにはFスケールといった専門的言葉の勉強もできますよ. ちなみにレーダーを少しかじった人間としては,p.10にあるレーダーエコー図のなんとなく放射線状になっている形状を懐かしく思う次第です.

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2008.07.13

翡翠原石館2

昨日の続き・・・東京都品川区北品川の翡翠原石館探訪記です.


M_20080712_hisuigenseki

入り口で迎える新潟・小滝翡翠峡産の原石.なんとなく緑に見えるところが,ヒスイを思わせますね(正確には純粋なヒスイは白色を呈するのですが,金属原子がいろいろはいって緑や紫やいろいろな色になります.この写真の緑のところはヒスイでしょうが,白いところまでそうなのかどうかは分かりません). 小滝翡翠峡といえばロッククライミングの場として有名な「明星山P6南壁」が一気に川に落ち込んでいるところ.

では建物の中に入ってみましょう.

M_20080712_hisuiinside

こんな感じの明るい吹き抜けのある瀟洒な建物です.白い壁が多く,そして

M_20080712_hisuiniwa

大きなガラス越しに庭が見えるので,非常に明るい感じです.



が,

その光景はすぐに一変しました. (続く)

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2008.07.12

翡翠原石館(東京都品川区北品川)

新居さがしをしているところです.で,紹介されたところのうち一つは見にいけなかったので,二人で場所と周辺環境くらいは観察しようということで出かけました.場所は天下の御殿山.要するに御殿山住宅街を見に行きたいという理由もちょっとはあったかも・・・

さて,家の外観や周囲を見終えて,では大崎駅に行きますか,となったとき.雲行きがあやしい.こりゃ寒冷前線きてるね.夏らしい(?)夕立でもくるかな・・・と思いながら歩いていると,こんな展示が普通の民家に見えるコンクリ打ちっぱなしの塀の外側に.

M_20080712_hisuisototenji

なかなか綺麗な水晶と翡翠ではありませんか.それにしてもなんでこんなところに.宝石屋がある感じのところではないし.


M_20080712_hisuisign

角を回り込むと,こんな標識が.

「翡翠原石館」


翡翠原石といえばミャンマー.実はミャンマー大使館がすぐそばにあるのだけどその関係か?日本ならば糸魚川の小滝峡.クライマーからすると明星山(みょうじさん,と読めたらあなたもクライマーに違いない)P6南壁を思い出すところ.

M_20080712_hisuiexterior

森に包まれた瀟洒な邸宅.ここが翡翠原石館なのでしょうか.お金持ちの普通の住宅にしか見えないのだけど.

と思ったらぽつぽつ雨が降って来ました.これは本降りがすぐそば.雲の流れをみるとかなりの擾乱がきそう.雨宿りを兼ねて入ってみることにしました.

「翡翠原石館」 http://www.hi-su-i.com/ マニアックなところでした(このドメイン名にもほれます) 東京都品川区北品川4-5-12(→地図) そのなぞの中身は,また後日.

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2008.06.18

怪しい断層

神戸の地震(1995年)で一役有名になった言葉が「活断層」。あれ以降、大きな地震が起こるたびに専門家のみならずマスコミをふくめて多くの人が「近くの活断層じゃない?」とさがし始めるようになりました。

さて、今回の岩手・宮城の地震(岩手・宮城内陸地震)では?

近くに「ある」のは、北上低地西縁断層帯の最南部です。名付けて「出店(でたな)断層帯」

北上低地西縁断層帯については、1980年代後半から地面をほり返して断層運動の痕跡をおいかける調査が進み、まとめレポートもでています。

活断層調査について」(岩手県)

そして、今後30年にM7.8程度の地震が発生する確率を評価すると、ほぼ0%と出されています。実は今後50年100年300年の確率もほぼゼロと出されています。
→「北上低地西縁断層帯の評価」(地震調査研究推進本部)

実はあがたしはこれらの調査の一部に加わったことがある。正確には、まだ専門過程にはいりたてのころ、当時大学院生だった渡辺満久さん(現・東洋大学)にさそわれて調査手伝いに行ったというわけです。花巻温泉にとまって毎日穴の中でスケッチ三昧。

この穴というのは「トレンチ」という呼び名で、軽トラックがまるごと入るくらいの大きな穴です。そして、側面の「壁」は鏡のようにツルツルに整形します。そこに正確に水糸を方眼状にはりめぐらし、それをもとにスケッチを行ったり、サンプル採取を行ったりします。 有機物があったら(木片など)、採取して14C年代測定を行うというわけです。

砂利ひとつひとつにもおよぶ丹念なスケッチの結果は、たとえばこれです。

で、過去の断層の活動を、断層両側の地層の食い違いや年代値から推定するわけです。「いつ」「何m」「どの向きに」動いたのか?

この花巻あたりの断層は、たぶん4500年前に動いたのが最新の活動で、平均的な活動間隔は「1万6千−2万6千年」であることが分かりました。すると問題は「つぎいつ動く?」であります。活動間隔がそう変わらないとすると、早くて1万年後。まあ当分は大丈夫でしょう、と結論づけられたわけです。

が、

今回の地震がこの断層のせいだったとすると話がいろいろおかしくなってくることになるわけです。

もっとも、これにはいろいろ考慮しなければならない点があるわけでして、たとえば上記の議論は花巻ちかくの上平(うわんたいら)断層群について行っているいっぽうで、今回の地震震源に近い出店(でたな)断層については活動時期などが不明のまま終わりました。 また、上平断層群における活動周期1.6万年〜2.6万年という推測も、上記資料の「(4)活動周期」を見れば分かるようにいろいろな仮定に基づいた推定値なわけです。 さらには、地表付近で痕跡が確認できるような断層活動と今回起こった地震のような活動が必ずしもイコールとは限らない(後者は後者で別の調べ方をすることもある)とか、もしかすると出店は関係ないんじゃないか?とかといったさらにメタな議論もあります。

ことほどさように、断層の研究は難しい。 だからこそ面白いともいえるのですが。

ところで掘った「トレンチ」は研究終了後埋め戻してしまうことが多いのですが、保存されることもあります。1995年の阪神淡路大震災にまつわる野島断層保存館が有名ですが、これは断層活動直後に掘ったというちょっと特殊な例。大規模なトレンチが保存されているのが岐阜県本巣市の根尾谷地震断層観察館(1891年に活動して濃尾地震を起こした根尾谷断層)。 マニアックには秋田県美郷町(旧千畑町)の千屋断層があるのだけど、あれはいまどうなっているだろう(あがたしは1989年に長期見学旅行「大巡検」で立ち寄った。学部の実習だったのだがなぜか当時地理学教室にいた大学院生も大挙して同行。上記渡辺満久さんもおられた。院生の会話は実に面白かった。それに、いつまでたっても全員露頭から降りてこない態度が「実に研究者」であった)、と思ったらこんなレポート(弘前大学教育学部自然地理学研究室の方による)がありました。1989年に比べて覆いは立派になったようですが、中の露頭は相変わらず見づらいどころか崩落の危険があるらしいですね。

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2008.06.17

教科書にしか載っていない事態が現実のものに

昨日書いた地震ネタ、ますます長野県西部地震(1984年9月14日、死者行方不明計29名)に似てきた。

【岩手・宮城内陸地震】雪解け水で土石流発生 進路変え旅館直撃か (産経MSNニュース、20080616)

つまり自分の家の裏山といった「近場」ではない、どこか遠くの土砂崩壊が原因となった土石流が下流の谷にあった家屋を襲うという構図です。ここがそっくり(長野県西部地震の場合は普通の土石流より水の関与が少なそうだとのことで、「岩屑(がんせつ)流」や「岩屑なだれ」と呼ばれたが)。こんなところまで似なくてもいいのに。

ただし、地形図を見るかぎりでは、駒の湯という旅館は完璧な谷底というよりは右岸の段丘状(ないし古い地滑りブロック上の正小起伏面上)のところにたっていたようです。谷底から20mくらい上かな。だから長野県西部地震のとき(濁川温泉)のように跡形もなく壊滅ということにはならなかったのかも。いやだからこそ、少々の土砂崩れにも安心だと思われていたのかもしれません。

ところで、荒砥沢ダム湖バックウォーター直上流にある大規模地辷り。なかなか壮観ですね。これは見慣れていないと恐怖をあたえる映像ですね。いや見慣れていた人でもまさかこの規模のものが目の前に出現するとは思っていなかったかもしれません。過去にこの規模のものが起こったという証拠ならいくらでもあり、その地形は見る人が見ればばっちりわかるくらいクリアに残っているのですが。それにしてもなんとも教科書的な辷り方をしています。

あの地辷りの写真、今後50年は地形学・砂防学・土質工学の教科書に載りつづけるんじゃないでしょうか。 もっとも、これに巻き込まれた人がいないとも限らないのでなんともやりきれない写真でもあります。

地震ネタはまだまだ続きます。

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2008.06.15

岩手・宮城内陸地震は1984年長野県西部地震を思い出す

4,5,6月と日記を書けるような精神状態ではなかった,というのは半分真実で(今日だって吐き気満点というところを妻の介護でなんとかなっている.妻に大感謝である),実はドラフトは結構書きためていたのですが,「あと一歩」の仕上がりがまだだったので世には出していなかったのであります.変なところで律儀なあがたしは,前の記事が出せるまでは後の記事もださないということを守っていたのですが,

ですが,

が,

そんなこといっていられない事態ですね. 

2008年6月14日日本時間午前8時43分,栗駒山東山腹直下にて,M7.2の直下型地震発生.

東京の自宅では震度2~3の揺れが1分ほど続きました.伏せっていたあがたしは「遠くで大きな揺れ.新潟のときとは揺れが違うな.もうすこし遠くかもしれない」と思いました.

薬局のTVでやっと情報.ん,奥羽山脈か.あのあたり火山だぜ.どこか崩れるよこれ・・・と思ったらいきなりヘリ映像.うわ,土砂災害.

報道を見る限り,かなりデジャヴを感じました.そう,1984年の「長野県西部地震」に対してです.

ている点
・第四紀火山の脆弱な地質の直下で起きた,浅い直下型地震
・火山周辺の典型的な地質が崩れた馬蹄形崩壊
・なんとも分厚く,そして脆弱な火山性地質.それが多数の地点で崩れ,そして今も崩れようとしている.
・おそらくは直前の雨の影響もある.捜索活動は泥とのたたかいだ.
・離れたところの崩壊土砂が谷を流れ下り,谷底にあった温泉宿を壊滅させた
・まったくの余談だが,日付(14日)が同じで,発生時刻もよく似ている(長野08時48分,今回08時43分)

異なる点
・長野の場合は王滝村にて段丘構成物質が崩壊し集落に大きなダメージを与えたが,今回はそういう集落壊滅事例は見られていない.長野のときには「半分ちぎれた住居の写真」が全国に衝撃を与えた(が,当の王滝村以外の人がどれだけ覚えているかは微妙である・・・)
 →参考:国土防災技術株式会社WWWより
・長野のは木曽御岳火山の尾根の一つが丸ごと崩壊するというとんでもない事態が起きた(あっというまに長い距離を流れ下り,前述したように温泉宿を一つ壊滅させ,キノコ狩りの人を飲み込み,下流の集落にも被害を及ぼした.ちなみにそれで十名以上が行方不明.死体も見つかっていない).今回は範囲こそ広いが緩傾斜で,まるで教科書に載っているかのような地滑りが起きている.馬蹄形の滑落崖がバッチリだ.が,傾斜が緩いためにその巨大崩壊がすぐにその土砂が下流に突進し始めるということはなかった.  (しかし今後の土砂の動きは気になるところだ.とくに荒砥沢ダムへの土砂流入は気をつけてモニタリングしないといけない)
・駒の湯を崩壊させた土砂は,超大型一発の崩壊というよりは,多数の中~大型の崩壊の集合のように空撮からは見える.それでも惨劇であることは確かだが.

長野の事例の場所は,戦後最大の土砂崩壊. 実はあがたしの卒論のフィールドであり,そして博士論文の主要アイデアを得た「約束の土地」である. 当然何度も行った.危険地域にも入った. いくたびにその非現実的な風景に圧倒されてきた.なんと広大な,なんと荒涼とした,そしてなんと哀しい歴史を秘めた眺めなのだろう. (そこには驚くほど美しい湧水がある(→これがほんの一部の写真です).まるで死者を悼む涙のようだ.というわけであがたしは勝手に「涙の滝」と命名している).

それは大部分は「自然のプロセス」なのだ.たしかに人間はそういった自然の猛威に抗して文明社会を作ってきたのだけど,しかしそれはしょせんむなしい戦いなのではないかと思わされることがしばしばあった. そういえば必死になって取り付けた(高価な)センサを,一発の土石流で完膚無きまでに破壊されたことがあったっけ. 荒涼とした河原を,ある時は泣きながら,あるいは無表情に,あるいは薄ら笑いを浮かべながら,そのセンサのせめて破片でもと探し求めて歩いていたたったひとりの男の姿は,端から見ていたら間違いなく狂人のそれと変わりなかっただろう. あがたしがもっとオカルト好きだったら,谷底の土砂の下に今も眠る十数人の魂が,ひさしぶりにおかれた文明の証である機械を呼びよせたのだと信じてしまっていたかもしれない

(ちなみに結局見つかったのは,センサの土台をとめていた土嚢の袋の切れ端だけだった.仲間と力を合わせて土嚢や機材を積み上げたその「基地」が一瞬で消え去ってしまったその気持ち,分かるだろうか?).

=====
その災害の記録は,王滝村が「まさか王滝に!」という分厚い冊子にまとめて出しています.もしかすると愛知用水のサイトに載っているこの壮絶な写真(昭和59年9月14日の欄をご覧ください)もそこから転載しているか,あるいは同じネガを使っているのかもしれない.これも含めて災害直後の本当に生々しい写真と,迫真の証言が満載の,いろいろな意味で心打たれる本です.
=====

閑話休題,もっとも,人間だってただ指をくわえて見てきただけじゃない.

1984年の災害後,さっそく各地球科学関係学会が動いた.特集号をだした学会もあった(日本地形学連合など).

詳しいことは今は省くが,はっきり言えるのは,今回の土砂災害は日本人にとって「未曾有の大災害」ではないということだ.ぼくたちは,長野県西部地震,あるいはその前(戦前)に起きたさらに規模の大きな稗田山大崩壊・磐梯山大崩壊に多くのことを学んだ. まなんだ,まなんだ・・・はず,だ. そして,日本のある種の地域は(東北の一部もそうだ),今回のような大規模地滑りでできた地形で満載であることも,実は知っているのだ.

では,僕たちは今回の事例から何を学び取れるのだろう?何を学ばねばならないのだろう? 何を反省し,何を改め,何に向かって顔を上げて歩き始めなければならないのだろう?

=====
長野県西部地震で40mの土砂の下に埋もれた濁川温泉の人は,その死の直前どんな光景を目にしたのだろうか.ハリウッド特撮映画でも想像できないような,現実離れした眺めだったに違いない. そして今回,崖崩れに飲み込まれた作業員や釣り人の人もそうだ.あわてて家屋から飛び出してトラックに跳ねられた人も,自分の身に起こったことが現実とは信じられなかっただろう.

さらに,駒ノ湯にいた方は,平和なはずの温泉宿の朝,いったいどのような音を聞いたのだろうか.自らの生命を脅かす音を,どのような思いで聞いたのだろうか.

自然の力の犠牲になった方々のご冥福を,心からお祈り申し上げます.

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2007.01.27

地すべり地形データベース

地すべり地形分布図データベースの中には,3-Dマップ静岡というコンテンツがあるのだが,

残念,IE用か(ActiveXを使うので). またあたらしいActiveXを入れるつもりはないなぁ. ちなみに清水の近くの由比(ゆい)は,一般には桜えびで有名なのだけど,通には地すべり対策で著名なのだ.

ところでこれらの地すべりデータ,kmzでも配布しているので,Google Earth上に地すべり地形をマッピングすることが可能.そのほかの表示方法もいろいろ紹介されています(上記静岡県マップはこうみえるという画像もありますな).

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2006.07.20

柏キャンパス空中写真

Yahoo!Mapでは柏キャンパス環境棟の基礎を掘っている段階で,Google Mapに至ってはその環境棟が建設されている途中まで写真が更新されているという今日この頃,皆様いかがお過ごしでしょうか.

さて,あまのじゃくのあがたしは,最新を追い求める流れにあえて背を向ける.つまり,

柏キャンパスの「昔の」姿は?

これは,昔の空中写真を閲覧できるサービスがあるので今は簡単に見ることができます.国土情報ウェブマッピングシステムから,検索できるわけです.

昭和49(1974)年 ただだだっぴろい「野原」が広がっています.

昭和54(1979)年 似たようなものだけど,西側の住宅は増えてきたかな.

昭和59(1984)年 常磐道ができました.

平成元(1989)年 柏の葉公園の輪郭がおぼろげに見えてきたところ.キャンパスあたりも区画がはっきりしてきました.

(余談ですが,東のへりあたりに写っている「Vの字」形の建物が,こんぶくろ池のすぐそばにある工場です)

というわけで,写真の新しさを求めるのとは逆の方向も結構面白いものだと,まぁそう思っているわけであります.

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2006.07.14

川底に大穴,下流の湧水が濁る[岩手]

「猿沢川2カ所陥没 一関市大東町」
http://www.iwate-np.co.jp/news/y2006/m07/d13/NippoNews_8.html
(岩手日報,2006/7/13)

リード部分:
>一関市大東町猿沢の猿沢川の川口橋付近で12日、
>川底が2カ所陥没しているのが確認された。
>付近では2003年にも大規模な陥没が起きている。
>猿沢川とは表面上つながっていない南方約3キロの
>岩手名水20選の一つ、大清水(おおすず)は03年と
>同様に泥水が流れており、地域住民は「言い伝えの
>ように、地下水脈がつながっているのでは」と推測している

「ほう,また起きたか!」という感想ですね.記事の写真はみごとな(?)陥没をとらえています.これは知り合いの洞窟屋に教えてあげないと.

自然湧水の水質はそれこそ自然に変動しますが,こういう派手なことというのもたまにはおきますね. それから地震に伴って湧出が始まったり止まったり湧出位置が動いたり(有名なところでは忍野八海の出口池)・・・ そういえば島原の場合は眉山大崩壊がおきたらあちこちから水が湧き出てきたという伝承がありますね.

なんにしても,自然というものは不変でないのであります.諸行無常.万物流転.有為転変.

そうそう,その名もずばり自然環境変動学という名前の「分野」がウチ(新領域創成科学研究科自然環境学専攻)にあらたにできました.で,WWWのプロトタイプができましたので近々自然環境学専攻トップページからリンクをはります(分野トップである教授の許可を得た段階です).

ただ,自然は移り変わるとはいってもやっぱりランダムというわけではなくて,ある程度人間にも把握出来る程度の規則性はなきにしもあらず(微妙な言い方・・・)なので,そこをきちんと認識し,自然の自然たるゆえんをある程度知った上で自然環境を語る,と.そういう人材をたくさん育てたいものです.

#しかし「川底に大穴」というのはいくらなんでも「ごく普通の地学現象」じゃないだろうから教科書には載せにくいなあ(笑)

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2006.07.08

[フォト日記] こんぶくろ池の行く末とKids Park

こんぶくろ池巡検・・・

キャンパスすぐそばにあるこんぶくろ池湧水(→Google Map)の水はいったいどこに流れてゆくのか?というテーマの巡検です.参加者全員が自転車を保有していたため,急遽自転車で入り回ることに変更.これはなかなか面白い.

Shourenjikidspark詳しいことはまた別記することにして,面白い人に会えました.

左の写真は,こんぶくろ池湧水の水が流れていった先の水路.この水路わきに,「子供の遊び場」があります.それも児童公園ではありません.そこらの湿地状の森の中に,倒木や立木を利用した自然の遊び場がボランティアの手によって作られているのです. ここは,(付近の流路構造の調査のため)4月から何度もとおったところ.しかし誰がこの広場を「つくった」のかは謎でした.

今日草刈りをしている人がいたので声をかけたところ,まさにその人がボランタリーにこの広場を作っているとのこと.聞いてみると,なんと独力なのだそうです. 水路を微妙にせき止めて水面を形成し,周りの草を刈って見通しをよくし・・・農作業の合間にせっせと仕事をしているのだそうです.

Kidspark1こういう広場で何か事故が起こったら子供の両親が裁判沙汰にするんだろうか?と下世話な(しかし深刻な)ことをすこし考えてしまいましたが,しかしこのKids Parkは見事なものでした.2年前から取り組み始め,だんだん子供の間に人気がひろまりだしたとのこと. そういえば,ここはいつ行ってもだれか子供がいましたね. ちなみに右の写真で左にいるひとがその「制作者」の方.向こうに子供たちと話し込む巡検参加大学院生がいます(個人特定NGとなるように画像サイズは小さくしています).

ただし,この付近にも開発圧は及んでいまして,すぐとなりの土地は重機の音がとどろいていました(ちなみに冒頭写真の右上にはつくばエクスプレスの高架が見えています).いつまで見られるんでしょうか,こういう風景.

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2006.05.19

フタバスズキリュウの思い出

「フタバスズキリュウ 発見から38年「首長竜の新種」」
(2006年05月16日 アサヒ・コム)
http://www.asahi.com/science/news/TKY200605150327.html

冒頭:
| 福島県いわき市の地層・双葉層群で68年に見つかった「フタバスズキリュウ」は
|新属新種の首長竜だったことを、国立科学博物館などが明らかにし、15日発表した。
|化石の発見から38年ぶりに、正体が突き止められた。発見された地層と発見者の
|鈴木直さん(54)から「フタバサウルス・スズキイ」と学名をつけ、19日発行の
|英国古生物学会誌に論文を載せる。

むちゃくちゃに懐かしい話.大学一年か二年のころ,当時東大教養部の教授だった濱田隆士先生の引率でいわき周辺の地学見学旅行に行ったことがあるのです.その時の先生の言葉が今でもよく頭に残っています.といっても,以下記憶をもとに記す言葉にはあがたしの頭の中で多少脚色がはいってしまっているかもしれない・・・とにかく,僕はフタバスズキリュウ発見地近くの解説板の前で先生のおっしゃった言葉を以下のように覚えていたのでした:

「これら中生代の大型古生物,とくに首長竜の全身標本をきちんと記載・同定し,新種ならば学名を付して学術的に国際学界に対して公開する(もちろん学界の国際公用語で)というスキルを持った人はいま日本には存在していない.私も知っている学生が外国に留学しており,そのような知識を身につけて帰ってきてからこのフタバスズキリュウが学術の世界に正しく公開されることになるでしょう」

僕の記憶がどの程度本当だったかはちょっと調べないと分からない.しかし確かなのは,先生の予言した「その時」は,まさに今であったというわけです.とは言うものの,いくらなんでも時間がかかっているなぁ.まぁ,上記の言葉を聞いたときにも,もう「発見」からすでに18,9年ほどたっていたわけですが,それからまた同じくらいの幾星霜.やっぱり古生物学者をふくめて地質学者は気が長いのか?と,言い古されたジョークに使われるネタがきっちり心の中に浮かんできます.

ちなみに,記事中の「英国古生物学会誌」とはPaleontology誌のことらしく,当該号(Vol.49, Issue 3)の目次はここにあります.さすがに本文購読は登録が必要ですが,アブストラクト(要旨)ならばこちらでどうぞ.

A NEW ELASMOSAURID PLESIOSAUR FROM THE UPPER CRETACEOUS OF FUKUSHIMA, JAPAN
by TAMAKI SATO, YOSHIKAZU HASEGAWA and MAKOTO MANABE
Palaeontology, Volume 49 Page 467-
doi:10.1111/j.1475-4983.2006.00554.x

また,いくつかの記事リンク.大半は近日中に見られなくなるでしょうけど・・・
福島民報:http://www.fukushima-minpo.co.jp/news/kennai/20060516/kennai-20060516094809.html
産経Web:http://www.sankei.co.jp/news/060516/sha039.htm
毎日MSN:http://www.mainichi-msn.co.jp/science/photojournal/news/20060516k0000m040092000c.html
NIKKEI NET:http://www.nikkei.co.jp/news/main/20060515AT1G1501W15052006.html
番外:意外なことにスラッシュドット・ジャパンにも↓
http://slashdot.jp/science/article.pl?sid=06/05/15/1417249&from=rss

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2005.12.17

「高原」「結婚」・・・そして別のあがたし

昨日書いた高原直泰(ハンブルガーSV,ドイツ)の結婚話,調べてみたらもう10月にはニュースで流れていたみたいですね.ちなみにクリスマス頃挙式だそうです.ちょうどドイツのプロサッカーが休みの頃ですね.この時期を逃すとあと半年はチャンスがなくなる・・・というか半年たったらこんどはすぐにワールドカップというわけでそれどころではなくなってしまいますね.今がチャンスなのでしょう.

http://zara.jugem.jp/?eid=95

ところで上↑の記事は「関係者の話」となっていますが,14日にでた記事

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051214-00000005-sanspo-spo

によると,高原本人が認めたという内容になっていますね.

>また「クリスマス休暇に結婚? その通りです」と近日中の結婚を明言。21日のドイツ杯準々決勝・バイエルン戦(アウエー)が年内最終戦。中断期間中に、神奈川県出身の女性との婚姻届を提出する予定だ。

ところで,記事をサーチするために「高原 結婚」と検索をかけたら,もちろん上記記事などは出てきましたが,それ以外に大量に「那須高原」「軽井沢高原教会」「白樺高原」などのウェディング情報がぞくぞくと・・・

なるほど,普通に考えたらそちらですね. ほかにそういう名字はあるかな?一般名詞として普通に使われる姓.あ,自然地理関係だと「平野」さんがそうですね.「山地」さんもいますね.でもさすがに「段丘」さんや「活断層」さんはいないでしょうねぇ.一方「湧水」さんなんていないかなぁ.鹿児島には湧水町という地名(町村合併で最近できた名前ですけど)がありますね.名水百選「丸池湧水」があるところです.

閑話休題.検索についてちょいと思いついたことがあったので,シャレでやってみました:

「安形 結婚」でサーチする

安形というのはあがたしの姓です.さて,トップに出てきたのがこの人.アパレルメーカーで実力を発揮し,自分の結婚式を端から端まで自らプロデュースしてしまったという女性の安形さんです(親戚ではありません).あがたしは同姓の人は少ないんですけど,こんなところに同じ名字の人が出てくるものなのですね.実はその結婚式プロデュースのためにいったん退職しているようなのですけどその後また仕事を始め,大活躍中とのこと.同姓のよしみで,エールを送るものです.

あがたしの婚約者も,自分の道をみつけて,仕事をしています(結婚後も続けます).どんな商売なのかはナイショだけど,もちろん婚約者にも精一杯のエールを送っています.

ところでこの件だけど,先月ベトナムにいったときにあがたしの世話をしてくれた現地のスタッフがあがたしの結婚のことを知って「ほう,おめでとう.ところで彼女は仕事は何だい」という会話を始めました.「○○です」と答えると「ん,そりゃウチのかみさんと同じだ」と思わぬ偶然.というわけで乾杯(ベトナムではとにかく何かというと乾杯です). そして,「でもワイフのほうがオレの3倍稼いでいるんだよなぁ」と続けた仕草がなんともいえずおかしかったです.

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2005.11.16

Yahoo!も航空写真マップサービス

今年6月以降にこのBlogでも何回かとりあげたGoogle Mapに遅れじとばかり,Yahoo!もスクロール地図&航空写真のサービスを始めたようですね. 地図には,おお,あのアルプス社が携わっているもよう.いまやYahoo!傘下なのですね.

というわけで,中央構造線・・・ってそればっかりかい(笑)
http://map.yahoo.co.jp/beta/index.html?m=aero;s=3000000;p=35/26/26.177,137/58/39.353

Google Mapの写真よりやや明るくて見やすいでしょうかね.

ほかに,Googla Map初回紹介記事にとりあげた「名所」をいくつか:

屋久島

来たアルプス(画像は槍ヶ岳・穂高岳のあたり)はべつに雪はかぶっていませんね.かわりに崩壊地・風衝裸地などがよくみえますね.そのきになればこの画像でハイマツ帯のマッピングができるなぁ.

十勝岳と富良野盆地

この二つは,いずれもGoogle Mapでは雪をかぶった姿でした(北アルプス十勝岳連峰)から,まったく違う姿を楽しめることになります

北海道から3題:摩周湖釧路湿原渡島駒ヶ岳と大沼

なんだか「水面」が不自然な色ですねぇ.でもGoogle Mapより明るい色調というのはいいんだけど. あと,駒ヶ岳はGoogle Mapと同様に雲がある画像ですね・・・ってかほとんど同じ雲の形と位置だぞ! (もっとも,周囲の雲があきらかに違っていて,お互いにどの地域の写真が同じでどこが違うか,がよく分かるものです).

日本三景:安芸宮島松島天橋立


全体的に,動き(画像の取り込み)が遅いんですよね.キャッシュもしていないみたいだし.まだこの点はGoogle Mapのほうに一日の長があるかな. でもさすがに国内の空撮画像は解像度が高いです.

・・・てなことやっていたら,あれ,画像が表示されなくなった.まだまだ試作品だこりゃ.というわけで今日はこれでおしまい. 

なお,これまではYahoo!Mapsの(固定)地図でピンポイントで位置を確定してその位置のままGoogle Mapの表示に切り替えるというツールバーを作って利用している人もいましたけど,国内についてはそれも不要になるのか,それとも・・・


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2005.11.14

動く大地に挑む先輩

昨日につづいて,ネット記事でみつけたあがたしの知り合いの話:

「渡辺 満久さん 地道な調査・研究で郷土の活断層確認」
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/niigata/kikaku/061/16.htm
(朝日新聞新潟 2004/10/05)

東大理学部地理学教室にあがたしが学部生ではいったときにすでに大活躍していた大学院の先輩でした.何も分からず連れて行かれた実習旅行(1週間.東北)では,雨中の火山灰地層露出地点(「露頭」といいます)で熱弁をふるってましたっけ.

動く大地というと,名著「大地の動きをさぐる」(杉村新)を忘れてはいけません.中学生高校生向きにかかれた平易な本で,変動地形学の魅力・エッセンス,日本の国土の成り立ち,未知の学問分野を自らの才覚と努力で切り開くおもしろさ・・・そういったものが見事に兼ね備わった必読本というわけです.ご自分の書棚に,どうぞ.


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2005.10.08

井戸を掘る人

一昨日紹介した「手づくり井戸に挑戦!」(せっかくだから,Amazonアソシエイトのリンクをはっておきます)


について,後輩から情報.著者のWebがあるのだそうです.

ここです→自分でできる打ち抜き井戸の掘り方

自力での掘削を成し遂げた話,材料はホームセンターですべてそろえたという話.工夫に工夫を重ねて身の丈にあった工具を自前で作ってゆく話.

濃い,とにかく濃い

こういう人大好きです. なるほど,人間こんなことができるんだという感じを与えてくれます. 日本イノベーター大賞はとれそうにないけど,やはりイノベーターだと思うのです.

もっとも,チャレンジする人は,(上総掘りと同様に)掘るにしても地質を選ぶということ,そして所詮人力なので歩みは遅々たるものになるということ,などなどは覚悟のうえでやってみてください (このことは上記Webでもちゃんと釘を刺してあります.そういう良心的なところも結構あります).

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2005.09.06

荻窪駅水没の危機 (か)

・・・タイトル最後の「か」は,小さいフォントで表示してほしいところ.言うまでもなく東スポ路線です(笑).

昨日の記事で書いた日曜日夜から翌朝にかけての大雨はまだあちこちにその影響を残しています.

昨日午前中,JR東日本中央本線荻窪駅に,ものものしい装備の工事関係者がなにやらごそごそやっていました.土のうを積んであるところからみて,水止めでしょうか.

で,夜帰ってきたときにその工事の概要が分かりました.要するに排水作業のようです.

m_2005034-06_OgikuboHaisui-Zenkei
場所は3,4番線(中央線快速ホーム)から東口に下りてくる階段(エスカレータのあるほう)の下.全景写真はこんな感じです.


m_2005034-02_Ogikubo-Haisui

m_2005034-03_Ogikubo-Haisui

階段に向かって左の壁際には,普段は目立たないけど浅い側溝があり,そこを今日は勢い良く水が流れ,土のうが脇に並べられています.そしてそこから階段側に回り込んだ壁基部からは1リットル/秒くらい(流れがよく見えないので適当な目視)の水が豪快に出ています.


m_2005034-07_OgikugoHaisui-Kaidan

階段の基部には,これまた普段まったく存在を意識することはないのですが,浅い側溝があり,階段に向かって右側の壁へと続いています.


m_2005034-09_OgikugoNewSpring2

その階段(実際にはエスカレータ)と壁が接するあたり,コーナーの基部にも盛大な湧水の湧出がみられます(写真左上に見られるクラックの基部).荻窪に新湧水誕生!(違うか(笑)) 駅周辺にはいくつか井戸が残るので,今日は水位上昇が見られるかもしれません. 昨日起こった環八-中央線アンダーパスの浸水も,直接の雨水流入のほかに周辺地下水位上昇の寄与も考えられます.これは要調査(あがたしはしないと思うけど).なお,地元の方の話では,環八の地下立体交差工事からあといくつかの井戸が涸れたとのこと.これはウラとりをしていませんが,意味深長なことがらであります.


m_2005034-04_OgikuboHaisui-Pump

m_2005034-01_Ogikubo-NewSpring1

壁際の側溝をはでな勢いで流れた水は小さなポンプで排水され,黄色く目立つチューブはトイレの前を横切ります.


m_2005034-05_Ogikubo-DrainToWC

いったいこのホースはどこに行くのだろうと思ってたどると男子トイレの中へ.そして洗面所の下にあるマンホールの中へと吸い込まれているのでした.女子トイレだったら入れなかったところ. 結局,駅の地下レベルよりさらに下に雨水処理管があるのだということがよく分かったのでした.


それにしても,この土のう止め・ポンプ排水を行わなかったらここらは水浸しになっていたわけですね.一応設計時には排水のことは考えてやっているのでしょうけど,今回の地下水位上昇・地下水湧出現象の規模はその装幀を上回ったということなのでしょうか.

なんにせよ工事の方の努力で荻窪駅は水没から免れたのであります. が,善福寺川ぞいの,たとえば地下車庫をもつ家のように,いまだ被害からの復旧が間に合わないという方もいるわけです.そして今度は台風のあおりをくらったか今日もまた雨・・・!

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2005.09.05

大豪雨を生き延びる

昨晩100mm/時間以上の豪雨をうけて河川の氾濫・低所の住居浸水が生じた杉並区.mixiの書き込み(コミュニティ名は「荻窪っ娘」)によると,荻窪駅から環八に向かう道の途中善福寺川の橋は水をかぶっていたそうで,また,河の近くにあるコンビニが浸水していたとのこと.

環八・善福寺川付近をGoogle Map(航空写真)でみると

http://maps.google.com/maps?ll=35.698432,139.622927&spn=0.024566,0.037997&t=k&hl=ja

となります.近くにお住まいの方大丈夫でしたでしょうか.

あがたし邸はここからそう遠くないのですが,あえて高所に居を定めていましたので事なきを得ました.荻窪から家までも,そう顕著な低所を通らないので問題なし(本当は「もし浸水するなら最初はあそこだな」というごく浅い谷地形横断地点は途中にある). もっともその居所選定は,日常の交通の便の悪さと引き換えですので,判断の正否については判定が難しいところです.駅から徒歩45分以内なら通勤圏という人には,いい判断であったかもしれません(要するにあがたしがそう).

 なお,杉並区作成の浸水ハザードマップは,解像度がよくありませんが

http://www2.city.suginami.tokyo.jp/library/library.asp?genre=B04020

に公開されています.武蔵野の台地と一口に言っても地面にはある程度の高低があり,このような地図を参考にしながら「低いところ」と「高いところ」を前もって知っていればある程度被害を軽減できるでしょう. 

ところで,雨の強さですが,「70mm/時間は10年に一回位の体験,100mm/時間ともなると一生に2回体験できれば運のいい(?)ほう」なんて説明をいつもはしております.荻窪駅前であがたしが短時間(すぐ飲食店に雨宿りに入ってしまったので)体験した雨は「もしこれが1時間続いたら80mm/時間」と感じていたのですが,報道によると100mm/時間を越えていたそうです. 雨宿り中にそれより雨脚が強くなったのか,あるいは観測地点との距離があったのか...

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2005.07.20

酒呑地蔵尊

修士論文発表会のために,東大海洋研に行ったのであります.道は,大江戸線西新宿五丁目駅から徒歩.

この駅の近くに「清水橋」という意味深長な名前の,大きな交差点があります(方南通りと山手通り).かつて橋があったのでしょうか.山手通りが大々的に工事中で,よく分かりませんが,地形的には浅い凹凸がみられます.交差点の向こうを,方南通りにはいらずその10mくらい南で並行する道は,どうやら暗渠化された昔の川のようです.

面白そうなのでそれをたどってみました.明らかに昔橋だったことがわかる欄干が随所に残っています.途中興味深かったのは,

水防用土のう

が置いてあったことであります.やはり地形的には低所であり,もしものときにはこの付近でここが一番最初に水没するのでしょう.

つぎに出てきたのが,その名も

sakenomi
酒呑地蔵尊(笑)

小さなお堂をとりかこむおびただしい数の幟! 「酒呑地蔵尊」と「子育地蔵尊」と書いたものがそれぞれ6:4くらいの割合といったところです.

もっとも,酒呑礼賛というわけではなくて,働き者の若者に酒を飲ませたら酔ってしまってここの川に落ちてなくなってしまったのを供養するというお地蔵さんなんだそうです.むしろ酒呑みに警鐘を鳴らしているのでしょうか(笑)

海洋研へは,ここを右折することになります.川から離れると坂を登り始めるところがあり,まさに浅い谷地形というわけです.

この「川」についてWWWで調べていたら,見事な資料が見つかりました.

「世田谷の川探検隊~神田川 笹塚支流

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2005.07.04

丸い湖-2

世界選手権は今日は中日でスピードクライミング競技.日本からの出場はなし.というわけで,話を元に戻して:

先日お題に出した「ここはどこ?」の答えは,

北海道のクッタラ湖

でした.

洞爺湖支笏湖にはさまれた,特に内地の人にとってはマイナーな湖なんですが,この丸さは見事ですね.

北海道の丸い湖といえば,雌阿寒岳火口にある青沼もあります.火山周辺にたまにある,美しく青い水をたたえた小さい池なのですが,その形状はほぼ真円.たとえばここここで写真を見ることができます.

青沼は写っているか?試してみますと,ぎりぎり拡大してこれくらい.真中のごまつぶみたいな点が,そうでしょう.一応見えるといえば見える.

=====さて,第二問です.

ここに点在している円形の湖・池の名前を全部答えてください.

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2005.06.30

丸い湖-1

例のGoogle Map衛星画像は,つい先日デスクトップアプリケーションとしてのGoogle Earthが発表されたくらいですから,おおいに盛り上がっているわけであります.

で,Google Mapの「みどころ」実例紹介をしているGoogle Sightseeingでは,衛星画像上にナゾの浮遊物体やナゾの電子製品基盤画像とも思える画像を紹介していて(日本語による紹介は医学都市伝説ここここにあります),さらに興味深いことがたくさんでてきているのであります.

=====

といってもそれに便乗するわけでは全然ありませんで,あがたしがさがしているのが,

丸い湖

であります.

まずは,ここを行ってみましょう:

さて,どこでしょう?

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2005.06.29

Google Mapで湧水は見えるか

柿田川(静岡・富士山山麓)

http://maps.google.com/maps?ll=35.108528,138.900146&spn=0.065832,0.082483&t=k&hl=ja

中央に盲腸のように見えている短い川は,実はわが国最大の湧水(毎秒10トンくらい!)によって地上に「突然出現する」川,柿田川なのであります.あっというまに狩野川に合流する,清流です. いわゆる「洪水」が起こらない川なので,実に変わった生態系が成立しています.

ふきだし(北海道・後方羊蹄山山麓)
http://maps.google.com/maps?ll=42.858438,140.871677&spn=0.063257,0.082483&t=k&hl=ja

中央付近に見える池が,ふきだし湧水公園として整備されている池であります.いかにも若い成層火山山麓らしい巨大な湧水が,水音あふれる公園の源となっています.

後方羊蹄山は,ふきだし以外にも訪れる価値のある湧水がたくさんあります.一例は名水大全表紙バックナンバーのひとつにしめしました.

とまぁ,ここまでは名水大全掲示板に書いたのですが,他にちゃんと見えるところないでしょうか,といぶかっているところです.

ちなみに山口県の秋芳洞(ここも洞口は巨大な湧水と言えないこともない)は

http://maps.google.com/maps?ll=34.226360,131.305676&spn=0.064287,0.080681&t=k&hl=ja

なのですが,うーむ,見えるような見えないような微妙なところです.

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2005.06.24

ふたたびGoogle Map

apjさんの掲示板指摘されていたので始めて知ったのですが,

前回の記事やじうまWatchに取り上げられていました(2005/6/22の欄).

それを受けて同掲示板に書いた記事を転載します:

それにしてもよくあんなblogまで目を通しているなぁ.まぁRSSで釣ったのでしょうけど・・・
着目点が,中央構造線だというところにもビックリ.地球科学やってれば百回は見させられる画像なんですが,なじみがないとインパクト大きいのでしょうか.というわけで他の断層も・・・と思ったんだけど,中央構造線以外には,インパクトの大きいものは多くないんですよね.

四国の中央構造線

阿寺断層
(南東から北西に斜めに延びる線.これによって何本かの川が同じ距離だけ横にずれているのがわかるでしょうか. それと,北側,雪をかぶった木曽御岳の北斜面にみえる線は飛行機雲かなぁ?)

松本盆地東縁断層群

山崎断層周辺
付近には構造性の谷(必ずしも活断層絡みとは限りません)が多数見えています.

同ウォッチでは,
2005年5月号の5/17,19のところにでてくるナゾの浮遊物体の話が面白いです.

<<<転載ここまで>>>

それと同じ6/22のところに載った新型プラネタリウムメガスターの話もちょっと感慨深いところ.というのはつい先日日本科学未来館でそのメガスターを使ったプラネタリウムを見てきたからです.

プラネなんて20年くらい行っていなかったからか,えらく感動しました. 夜空を見上げることがちょいと少なくなっていた毎日でしたからなおさらです.

冬の星座は冬の形,夏の星座は夏の形.無機質な空にも季節の息吹があります.


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2005.06.22

自分の家の衛星画像

「阿佐ヶ谷駅」
http://maps.google.com/maps?ll=35.705094,139.635479&spn=0.016072,0.020170&t=k&hl=ja

こんな感じで,Google Mapの衛星画像が日本にも進出しました(関連記事 by ITMedia).

阿佐ヶ谷駅(東京都杉並区,あがたしの家の(JR線における)最寄り駅)の上記画像では,真ん中を左右(東西)に走る中央線がみえます.その南を並走し,やがて西のほうで斜めに交わる黒い線が青梅街道.駅の近くを縦横(南北)に走る,やや逆くの字に折れ曲がった緑の線は,中杉通りといって巨大なケヤキが列をなしている美しい並木道です.衛星からでもはっきり分かるんですね.

東大本郷キャンパスは,ここ(最高倍率).これ,理学部旧1号館中央部の取り壊しがまだ終わっていないころだから,3年くらい前の画像じゃないかな?(とローカルなネタをだす・・・).

現在,詳細写真の提供が始まっているのは,http://maps.google.com/maps?ll=35.617676,139.611511&spn=0.926971,0.983276&t=k&hl=jaの真ん中でちょっと黄色っぽく,あるいは茶色っぽくなったあたり,つまり東京首部(西は吉祥寺,東は江戸川,南は鶴見川,北は荒川彩湖あたりが境),それと神奈川中央(相模原や茅ヶ崎・江ノ島・藤沢・鎌倉など)です.と思ったら,もう一箇所あり,なぜか三重県四日市周辺(これの中央部でやや茶色くなっている部分)です.

ほか,名場面(?)
中央で斜めにカッターで切ったような割れ目がみえるのが,中央構造線の断層線谷 宇宙から見える大断層!

屋久島

北アルプスは雪をかぶっています

雪をかぶる十勝連峰から富良野盆地  右に白い十勝岳(噴煙を上げている周辺は,多少色が変わって見えますね),左に富良野盆地.「北の国から」のロケ地となったのは,その間の古い火砕流台地です.麓郷のような台地面から富良野盆地底に降りるあたりは谷の入り方が面白く,独特の縞模様がみえています. ほかに北海道といえば摩周湖釧路湿原渡島駒ケ岳と大沼あたりはどうでしょう(駒ケ岳のもそうだけど,なぜか北海道の衛星画像は雲をかぶっているものが多いです).

日本三景:安芸宮島松島天橋立 さすがにまだ解像度は今ひとつですか.今後に期待.

木曽三川と養老山地 西にある緑の高まりが養老山地.その麓はスパっと養老断層で切られています.木曽三川の微妙なつながり方が,河川科学者(造語)の心を絶妙にくすぐります(笑) ちなみに木曽川と揖斐川両河川の河口の間にあるのが長島スパーランド

というわけでなし崩し的に?人工物編:

アミューズメント施設とくればこちらも負けてはいられない,東京ディズニーランド. 18年行っていませんので,どれがどの施設なのだかサッパリ分かりませんが…

鎌倉・鶴岡八幡宮 南から参道がのびていて,ここは車道の真ん中に中央分離帯的歩道があり,これが回りより高くなっていて段葛と呼ばれています・・・とは詳しい人の受け売り.神社といえば,東京・明治神宮もどうぞ. そうそう,仁徳天皇陵はみえるかな?あ,見えた

建物でいうと,国会議事堂もどうでしょう.こちらは解像度最高.
 
おまけ:実家のある静岡県静岡市清水区周辺:
http://maps.google.com/maps?ll=35.013428,138.449707&spn=0.231743,0.245819&t=k&hl=ja 南の海沿いにある半円形の緑が,いわゆる「日本平」です.その右(東)に三保半島がくっきり.

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2005.05.03

【今日のことば】環境歴史学とは

一昨日紹介した本のうち,今度は飯沼賢司「環境歴史学とはなにか」を読み始める.

読み始めたばかりなので,詳しいことはまた後日.

・・・ってそれだけかい(笑) 

ここまで(半分くらい)読んだ範囲で,かいつまんで説明しておくと,まず基本的には

従来の歴史学は,人間が形成した社会の歴史であり,人間社会の外にある現象や人間以外の事物に対して,ほとんど関心を示すことはなかった.
(p.17)

という反省にたって,その「人間社会の外にある現象」のうち影響の大きかった「自然」環境とその変容を強く意識しながら歴史を読み解くという歴史学者の態度が具現化したものなわけです.ただし,

(あがたし注:環境歴史学が)他の環境史などと異なるのは,それまでの開発史研究の発展のうえに位置づけられており,気候変動や災害が歴史を一方的に規定する自然環境決定論ではない点である.
(p.9)

いまどきそんなナイーブな自然環境決定論を本気で信じている人が,当の自然環境変動論研究者のなかにもそうそういるとは思えないけど・・・しかし何はともあれ,歴史学という足場をしっかり固めた上で,自然環境とその変貌,およびそれらが人間に対して及ぼした影響,逆に人間が改変してきた自然環境というものをもきちんと視野に入れた,人間-自然環を論じようというものなのでしょう.

星野村(福岡県)の棚田など,なんだかどこかで聞いたようなネタもちらりとでてきて,あがたしのみならず我々自然環境コース全員にとっても興味深い内容といえそうです.

ただ,自然のことをきちんと視野に入れた議論で何が「真に新しく」分かってきたのか,という解説の部分はまだ読んでいません.本の後半にはちゃんと書いてあるのかな・・・ 楽しみにしましょう.なお,学際的活動・学融合に付随する,「知見・データの分野を超えた交流」に関して,カナリ耳が痛いことも書いてあったので後日紹介します.

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2005.03.31

3/28,29 地理学会

修了式が終わったばかりなのに,もう学会シーズン.というわけで東京の青山学院大学にて日本地理学会

青学は,国連大学と青山通りをはさんで向かい合う,瀟洒なキャンパスでありました.

ウチの研究室から,出るわ出るわ発表者.こちらにリストを作っておきました.

1日目(3/28)はやはり公開講演会「京と江戸の景観を復原する ―3D-GISを用いて―」が面白かった.専門知識のレベルを問わず,老若男女楽しめました. それにしてもここまで気合入っている人いるんだねぇ,とモチベーション増大. 野上(道男)先生の洒脱な司会ぶりも健在でした.

質疑応答タイム.誰も手を挙げない.満場の視線をあびて,ああやっぱり,あがたしが挙手してしまうのでした.本質とはあまり関係ない質問しかできなかったけど,「つまらん質問するな」という人は,はい,ぜひご自分で(あがたしより先に)手を挙げてください. そろそろ質問大魔王あがたしの座を脅かすような後輩が出てきてもいいんじゃないのかと思う今日この頃.

二日目,座長(本当です→証拠).といってもシキるのは二人分の講演だけだけど,座長は自分の質問より会場からの質問を優先するべきなので,自分では講演後に発表者に直接質問しに行きました.「海外研究(自然)」というセッションだったけど,TVや新聞では分からない外国の自然と人間の姿を垣間見ることができて意義深いものでした.残念だったのは聴衆の数がちょっとさびしかったこと.

そして最後まで聞いたのは,シンポジウム「ヒートアイランド研究の新しい流れ」.

質疑応答タイムはあがたしが手を挙げるタイミングを逃しました.が,あがたしが聞きたかったことは見事に他の方が質問.測れば測るほどわからないことが増えてくるという面白い(やってるほうは大変だけど)状態から,だんだん研究者間の共通理解のステージへ.

青山といえば,去年京都で訪れた,「lisn」という店の青山店があります. これはごく近くまで行かないとそこが何かの見せであること自体が分からない不思議な外観でありました.入り口のドアも,店の入り口にしては微妙なデザイン(まぁ周りにはこういう店が多かったですが)

中は客がおらず,静かでした.時間はあまりなかったのだけど,できるだけゆっくり,お香を選びました.

うち一つは「こねこのあくび」っていう名前なんだけど,これに限らず,どのインセンスも面白いネーミングなんですよね.

夜は原宿駅前という,あがたしにはなんとも似合わないシチュエーション(笑)で,修了生を送る会.

これでお別れ,という学生も多数. 4月からの飛翔を祈ります.

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2005.03.10

PENCKって誰が名づけたんだろう

昨日につづいて,地理屋,それも地形学を主とした自然地理屋(だった)あがたしとしては触れておかねばならない話題:

ITMediaの記事:「誰1人が欠けても作れなかった~「PENCK」完成までの道のり 」
http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/0502/24/news018.html

いや,実は話題となっているそのフォルムのネタではないのです.「PENCK」とういその名前なのです,自然地理屋が反応してしまうのは.

この件については,完全ウチワウケということで話はここまで.たまには,懇切丁寧な説明なしでネタをポンと置いておくのもよいでしょうといいわけをします

え,何のことかヒントが欲しい?うーむ,では

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Club/2527/hito-geo-dic1.html

あたりはどうでしょう.

というわけで,対抗機種の名前は「デービス」で決まりでしょうか.あ,それだと湿潤変動帯である日本では売れないかな.

さらにマニアック方面にいくと,上記に出てくるデービス氏のフルネームは,ウィリアム・モリス・デービスでありまして,これがまたアールヌーボー絡みででてくるウィリアム・モリスとみごとにカブっているところがあがたし趣味であります.

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2005.03.09

巨星墜つ[訃報:ハザードマップの父]

地理学科出身者としては触れておきたい話題:

「早大名誉教授の大矢雅彦さん死去 」
http://www.asahi.com/obituaries/update/0308/001.html

ハザードマップ,つまりこういうタイプの災害が起こったときどこがどういう被害を受けるかを地形学・河川工学などの知識を生かし克明に描いた地図があります.それらのうち,とくに洪水災害に関するマップに関する生みの親の一人です.

いまや重要な河川では洪水ハザードマップが作られ,公開される例(「予定」も含む)が普通になりつつあります.しかしかつてはそうではなかった.たとえ(研究レベルで)作られても公開されることはむしろまれでした.

ところで,

>>59年の伊勢湾台風で起きた大水害を、ハザードマップで事前に予測するなど、防災地図作製の基礎を作った

とありますが,その予測が実際に社会に活かされたかといえば,すくなくとも伊勢湾台風のときには,そうでもなかったということもあります.しかしそういう教訓を経てこそ,「今」があります.

現在の防災体制,そしてその未来像を,どう見てらっしゃったのでしょうか.合掌です.

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2005.01.23

タイタンに泉か?

「ESA タイタンに泉? 画像を公開」(Asahi.comより)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050122-00000001-maip-soci

ここに公開されている写真が問題.さて,これは「水系」か?

タイタンの重力加速度,表層物質の物理特性,(流れているものが液体メタンならば)流体の粘性と比重が必要.そして,できれば標高・地形データがほしいところ. 地球に見られる地表パターンと何が共通で何がそうでないのか,水文地形屋や河川プロセス屋,パターン形成物理屋に対する挑戦状とみました.

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2004.12.14

紅葉の京都へ [12/2~5の日記]

<<< 12/2 木曜日 >>>

京都では,ついにかってしまいましたするっとKANSAI. ネーミングとしてはJR西日本のICOCA(イコカ)がよかったんだけど,まったく使う機会がないことは歴然としていたので・・・とりあえず,今日からは気分だけでも関西人

ホテルでタイの懐かしき(いや,もはや腐れ縁といっていいくらい?の仲良し)友人知人同僚とであう.聞けば全員同じホテルとのこと. ホテルは三条河原町. 夕食へつれてゆく.向かうは木屋町の居酒屋.

女性陣の希望は魚料理.というわけで海鮮系を狙ったが・・・失敗! 彼らは刺身が食べられない. で,その店の魚は刺身がメイン… わかさぎのてんぷらやはぜのフライでごまかす.これはこれで好評でありましたが,冷や汗ものでした. 

前日が誕生日だったあがたしのために,彼らは(得意の)合唱で「Happy Birthday」を. タイの人はカラオケ好きで,そして全員で合唱するのがすきなのです.

全員で先斗町を通り抜け,明日からのがんばりを誓って解散. そのあとは,案内の途中に発見した焼酎280種類という店(ホテルのすぐ近く)に単独で行く.丸西・同自然流・三段じこみ・くじらのボトル…

<<<12月3日>>>

The 6th International Study Conference on GEWEX in Asia and GAMEのはじまり.場所は京都国際会館と思い込んでいたら,四条烏丸駅でばったり後輩に出会い,間違いを知る.正しくは京都国際交流会館. この二つ,両方とも左京区にあります.まったもくって紛らわしい. まぁよく確認しなかったほうが悪いんだけど.

さて,会場へ.地下鉄蹴上駅から歩いて5分とかからないところです. 目の前はインクライン琵琶湖疏水記念館. 

何を隠そう,始めてみました
(いちおう土木系の河川工学・水辺環境研究室にいたはずなんだが・・・)

昼休みは結構長い.そして会場は南禅寺の目の前. というわけで,お弁当を買って観光としゃれ込みます.

が,有名な山門とか,永観堂とかに行き着く前に,手前右にあった金地院にフラッっとはいってしまう.そこで,同院には長谷川等伯の水墨画があることを知ります.実は絵そのものは知っていたけどここにあるとは覚えていなかった(まだまだマニアの域には遠いなぁ). この絵は一般ルートには入っていないのですが,特別拝観のコースにあるそうです.申し込んでみると,本来は往復はがきで前もって…ということなのですが,今日は(たまたま)別の申込客がいるので,それにくっついてゆく形ならOKだとのこと.時刻を聞くとあと45分くらいでスタート. ぜひぜひというわけで申し込みます.

45分をどうしよう,と思ったら,明治に作られて以来非公開だったのが,最近初めて一般公開されたという何有荘がすぐそばにあることがわかったので行ってみます.東山の裾野,琵琶湖疎水の水をふんだんに使った,カエデだらけと言ってもいいくらいの紅葉の庭でありました. 

山の裾野に小規模な地すべりブロック状の高まりがあり,その上にとくにかえでが多い・・・とかいったところをつい見てしまうあたりが職業病だなぁ(笑)

それはともかくとして,指定時間に金地院に戻ると,特別拝観コースのスタート(700円ばかりよけいにかかります).お目当てのものは,方丈の奥や裏にありました. 京都三名茶室のひとつ(ほかは大徳寺曼殊院にあるとのこと)「八窓席」と,もちろん長谷川等伯の障壁画「老松図」および「猿猴捉月図」.

この場所の様子は日本テレビの番組にて紹介されています.

等伯の絵を,自分の息がかかるくらいの近さで見ることができました(高台寺圓徳院のときも,これほど近くではなかったです).

今くしゃみしてツバを飛ばしてしまったらエラいことになるな…と考えておりました(笑)  いや,隣の老松図にははっきりとしたしみがあったので,なおさらです. それはともかくとして,東京国立博物館の国宝「松林図屏風」の見事な葉っぱの表現にも相通ずるところのある,墨だけによる猿(テナガザル系)の毛並みの表現は,近くで見れば見るほど天才の技の奥深さを感じさせてくれる代物でありまして,鳥肌がたつような思いがいたしました. 

さて,懇親会はだいぶ離れたところにあり,若者は地下鉄で移動となりました.飲みかつ食らい,そしてもちろん語り合い…

昨日行った店で教えてもらった店にて,ついに芋焼酎「明るい農村」(それにしてもなんちゅうネーミング.ラベルデザインもかなりキてますよ.そして味は絶品)にありつきました.

タイの方からは,「Golden Pavilion」に関する情報をかなり詳しく聞かれました.実は最初何のことかわからなかったのだけど,金閣のことですね.

<<<12月4日>>>

雨が降ってきたけど大会は盛り上がり続ける.で,夕方は,GAME-T関係者宴会. 前日に発案された50名以上の宴会の予約を(それも会議場のすぐそばが宴会場所)見事にこなした幹事さんは立派. 畳の大部屋に集まった60名の前にはうどんすき.途中で「アジアの宴会部長」松本さんが音頭をとり,大カラオケ大会勃発.ただし全員アカペラ! 

皮切りはやはり虫明先生の「すばる」.GAME-Tはやっぱりこれでしょう(アジアで一番有名な日本の歌かもしれないけどね). 山中さんの「北国の春」や(突然駆り出された)宮崎さんの「乾杯」などが続き,そしていつしかマイク(?)は各国代表へと移ってゆきます. タイの人は,さすが!全員で合唱.中には不思議な指の動きをする例のタイ・ダンスを繰り出す人も.

・・・ここで,あがたしのことを本当によく知っている人なら,ピンとくるでしょう.この場であがたしがやったことを・・・

そう,一緒になって踊りだしたのです(笑)

ほかに,韓国ソング,ベトナムの歌・・・とインターナショナルなお祭り騒ぎは夜遅くまで続いたのであります.

2次会は,偶然にもGAMEをウラで仕切っている若手グループが集結することになり,,あがたしが発見した焼酎バーにて,プロジェクトを動かす醍醐味と苦労についていつまでもいつまでも語り合っていました.

<<<12月5日>>>

この日はGAMEの将来を考えるディスカッションが主.昼飯も取らずに2時くらいには終わり.

さて,その後どうするか? タイの人の一部は南禅寺などの観光にいくそうですが,一部寺町通りの免税店やお土産ショップに行きたいとのこと. というわけで寺町通りと新京極を案内することにしました.

寺町通の,四条通より南側はちょっとした電気屋街になっており,そこには近年あたらしくできたらしい免税コーナーがあります.デジカメのInternational版を欲しいということだったので,店員さんをつかまえて(免税コーナーの癖に英語があまりはなせない店員はどうよ…)あれこれ通訳しながら交渉. といっても,タイの方は値切り交渉をあまりしないという日本の家電ショップの流儀が不思議そうでしたが…

なんとかデジカメを買い,そしてみやげ物(金閣グッズと,ハンカチが大人気)も買い,新京極では,錦天満宮を案内.「God of Wisdom」と紹介し,「試験の前には学生が来る」というとオオウケ.ここには地下水くみ上げの水が常時流れており,京都の水環境についても解説.ついでに神道式礼拝法も教えました.

3時間にわたってあちこち引っ張りまわしてしまいましたが,逆に恐縮されてしまいました.ぼくも楽しかったから,そんなにお礼を言われないでもOKなのに.

名残惜しいのですが,電車の時間が迫ってきています.バンコクでの再会を約束して,お別れ.

GAMEとは,こういう人的交流によって支えられている国際プロジェクトなのであります. ハナバナシイ活躍の場(てかチャンス)も当然ながら与えられていますが,それよりはこういう仕事のほうが楽しいなぁ.

さて最後に,四条烏丸で,友人に紹介してもらった現代風のお香の店に立ち寄り,その足で京都駅へ.

<<<そして現在>>>

部屋にはそのお香の香りが立ち込めまくっているというわけです.

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2004.12.11

賑わいと静寂 [11/28の日記その2]

その1から続く>

二子玉川についた時点で,

すでに2時間予定オーバー

でありました.ここで,その道の人には常識となっている法則を紹介しましょう:

巡検の法則:「すべての巡検は,予定の2倍時間がかかる」(笑)

この時点で開き直って,巡検は静嘉堂で打ち切ることにして,二子玉川で優雅にランチとしゃれ込むことにしました.

が,これがまたひと苦労. 入れる店がなかなかないのであります.もう2時過ぎだとういうのに・・・11月の快晴の日曜日,人出は大変なものでありました.

高島屋ショッピングセンターの6階の東テラス(外の階段のあたり)から,今までに通ってきた緑の帯を遠望できるところがありますので,そこでぼんやり遠くを眺める.また,南館11Fには逆に西側の,さらに続く崖線の緑とそして多摩川がよく見える窓があるので皆で展望を楽しみます.

なんとか食事にありつく.いろいろな話で盛り上がりました.

「明月記」を書いたのは藤原定家というその道のスーパースターで,その独特の筆跡は,その後ずいぶん長く人々に影響を与えたのだそうです.その筆跡は,現代の審美眼でみたら,見た瞬間に「キレイ!」と思えるような感じでは,正直言ってないあたりが,不思議なものです.そういう筆跡のことを定家様(さだいえさま ではなくて ていかよう)といいます(読売新聞大阪の「歴史のかたち」に解説記事があります).

さて,二子玉川駅から静嘉堂へバス.距離にして1.5kmくらいですからすぐ着く・・・と思ったら大渋滞.

静嘉堂とKさんの関係は,ご自身の研究上,どうしても古典籍類の「本物」を手にとって調べなければならないことがあり,そのため静嘉堂文庫(静嘉堂文庫美術館ではなく)を含むいろいろな文庫に通うことがよくあった/ある ということなのだそうです.

やっとこさ着いたのが15時55分.看板をみると,

なんと入場は16:00まで! 16:30じゃなかったんだ,悠長にランチ食ってる場合じゃなかった!
 (あとで調査したら,これは単なる調べ忘れだったんですけど)

静嘉堂は,入り口から美術館までが,これまた遠い.だらだらと坂を上ることになります.タクシーならこの坂をイッキに駆け上がってくれるんだけど・・・ 急いで歩いていたらサンダルの緒が切れて,散々なのであります.

どうみても16時を過ぎているだろうという時刻(笑)に,やっとこさ入場.

世界の至宝,曜変天目茶碗にふたたびご対面です.

12世紀の中国(南宋時代)で作られたとされる伝来品ですが,中国では現存するものは確認されてないそうで(どっかの大金持ちがこっそり…ということはないのかなぁ),現在伝来するのは日本のみ.どこからどこまでを曜変天目と呼ぶかによりますが,確実にわかっているのは東京(静嘉堂)・大阪・京都に一つずつ(東京の根津美術館にも曜変天目と称する茶碗があるけど,展示されていたものを見る限りでは,種類としては油滴天目でした←あがたしの記録 on 2002年).  それから滋賀県のMIHO MUSEUMに,こんなの(別の写真はこれ)がありまして,これがまた微妙.実物を見なければわからない(たぶん見てもわからない?)けど,まぁこの主張のようにこの茶碗が正真正銘曜変天目だとすると,それでも,

世界でたった4つ

の茶碗というわけです.

なぜ希少価値が出てくるのかというと,現代の技術をもってしても,これらの茶碗の美しくもあやしい光彩を再現することができなかったからです.

しかしつい最近になって,林恭助さんという気鋭の陶芸家が,かなり現存曜変天目茶碗に近い風合いをもつ茶碗の製作に成功しています.その展覧会の様子はTakさんのBlog「弐代目 青い日記帳」の「―歩天譜― 曜変・林恭助 」展(2004 10/13)にみることができます.

さて,静嘉堂の曜変天目.上記Blogに引用されている記事をそのまま孫引きいたしますと,

>静嘉堂の曜変天目は、つややかな漆黒の肌に、満天の星月夜のような星紋がいっぱいに
>広がり、その星紋をからめとるように青白い光彩が七色に明滅する

とありまして,私には文才がないんでどうもこういう表現を自分で書くのは苦手なのですが,まさにそのまんまであります.

今回は,庭園から光を取り入れられる空間に展示してあり,日没とともに変わってゆく自然光のもとでの光彩の変化も時間を追って楽しむことができました.

ところで,展示会には江戸期の書状が展示されていました.Kさん曰く,「これ,定家様ですね」

・・・唖然

なぜかというとこの書状書かれたのは定家さんの没後400年は経っているのです.死して4世紀のちまで,後代の人に影響を与える書,それほどモノスゴイ人,モノスゴイ書だったとは露知りませんでした
(でも,まさかたいていの歌人は5世紀くらいは平気で影響を与えるのが普通だったりしないだろうか…)

そして,書状をみてそれが定家様だとひと目でわかるというのも,今日はこればっかり言ってますがさすがプロ.あがたしには言われるまでまったく気づきませんでした.

最終日だということで閉館時間を10分延長していただき,16:40に出場.すっかり暗くなった庭園を横切り(ここは肝試しに使える),歩いて二子玉川まで.

そんなこんなで,自然科学と人文科学のコラボレーション巡検は無事終わりました,とさ.

もうちょっと参加者が多いとよかったかな.まぁまた次の機会があるでしょう.この種のマルチ趣味巡検がもっと増えると面白そうですね.

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緑と水と古の文字と [11/28の日記 その1]

去る11/28は快晴の日曜日.本当に雲ひとつない青空.

東急大井町線等々力駅に集まったのは,あがたしと後輩3名(うち一人はベトナムからの留学生Gさん),そして,某女子大学から研究者1名.仮に名をKさんとします. Kさんはじつは初対面. 水じゃなくて,中世日本文学の専門家です.

駅からすぐに,等々力渓谷. 谷の両側は緑に覆われた急な斜面. ところどころに見えている地層から,海成の砂層のうえに河成の円礫層,その上に火山灰(いわゆる関東ローム)という積み重なりが,よく目を凝らすと見えてきます.

さらによく目を凝らすと,礫層の中にシルト質のところがあって,Gさんさすがに目ざとく見つけて崖を這い登ってゆきます.メコンデルタの地層と,そこだけ似ているのかもしれません.

うーむ,さすがプロ!

斜面のあちこちから小規模な湧水が出ていて,川沿いの遊歩道はぬれて滑りやすいです.

一番大きな湧水は,等々力不動の滝.落差2mほど.明らかに禊の場となっています. また,わき口と地層の境目との関係もなんとなくわかります. そばに立っているのは不動明王と,それからお稲荷さんの祠. 日本の宗教心についてGさんに説明.これがまた難しい.

渓谷を歩き下り,右に曲がって台地を越して多摩川ぞいの低地へ.そこにあるのが先週いった善養禅寺大きなカヤの木があります. 先週きたのが,15年以上ぶりの再訪でした.最初に来たのが,東京に25cm雪が積もったというモノスゴイ日でありまして,そのときの等々力渓谷の写真は,本当にこれが東京なのかという状態であります.

全国巨樹巨木林の会ができるよりずっと前に行った木であり,あがたしにとってはきわめて初期の頃会った巨樹ということになります. なんだか自分の原点という思いのある場所で,感慨深いものがあります.

さて,そこからは多摩川の作った崖の下を流れる丸子川ぞいに,北西へ.一路五島美術館をめざします.崖線には緑が多く,また,それに沿って建っている建物にはけっこう個性的なものがめだちます. また,よくみるとたくさんの小湧水が見つかります.

五島美術館の展示は,冷泉家の国宝明月記.これについては先週書いたので詳細省略.が,展示会看板をみてニッコリ笑うKさん.何かというと,

振り仮名が「めいげっき

「めいげき」ではないのです.少なくとも冷泉家では「めいげっき」とよぶのであります.このことは安形氏は展示解説をみて先週初めて知ったのですが,看板に書いてある読み仮名が冷泉家バージョンの読み方だということはまるで気づいていませんでした. それをめざとく見つけて反応する,これまた,

うーむ,さすがプロ

と思わせてくれる動作でありました.

巡検そのものは五島美術館庭園をみるだけの予定だったのですが,Kさんと,それからなぜか謎のおばさんから無料招待券をもらったGさんが,明月記展へ. 「紙の資料が1000年残る」という事実に,Gさんは何を思ったでしょう.

展示室でKさんのニッコリ度がさらに高くなっただろうことを想像しながら,巡検本隊は庭園へ.ここは,
 ・崖線の上下を占領し,
 ・台地面上に屋敷をたて
 ・崖線の下部には湧水があり
 ・水を生かした日本庭園風にしている
という,あまりにお約束な金持ちの庭なのであります.

蓬莱池というところに,もっとも目立つ湧水があります.これがまた不思議な湧き方をしており,1分ほどの周期で湧出量が明瞭に変わるのです.一応間欠冷泉と呼んでもいいかもしれません.カルスト(石灰岩)地域にはたまに見られる湧泉ではありますが,段丘崖の崖線湧水では珍しいでしょう(もっとも,金持ちのことだから地下になにかシカケを仕込んでたりしないだろうな…)

やはり(?)ニコニコしながらでてきたKさんと,不思議なものを見たという表情のGさん.庭園入り口で合流.もう一度庭園を案内します.

さっそく,展示解説が間違っていたことを話し出すKさん(笑). さすがプロ 目の付け所がちがいます.

こちらも研究者どうし.そういうノリはよくわかります.脇で聞いていると何が面白いんだかわからないかもしれない会話(笑)で盛り上がります.

五島美術館からは,上野毛駅に出て二子玉川へ. 電車内で,後輩が「うえのげごしまびじゅつかん」と大声で会話しているのは恥ずかしかったが(笑),まぁそれはともかく,電車からもこの付近の地形構造や緑の配置はよく観察できます.

でもそれは,言われなければ,同じ線を何百回通っても気づかないものでありましょう. 大学1,2年のあがたしにとって,そのころすんでいた東京都調布市の地形がそうであったように

<以下,その2に続く>

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2004.11.24

紅葉の始まった小石川植物園

小石川植物園へ.

たぶん7年ぶりくらいの再訪.形成ゼミメンバーが文京区でNPO活動をしており,その人脈で植物園に詳しいN先生に案内していただくことができました.

イロハカエデの紅葉が微妙に始まっており,イチョウの黄葉(これは最盛期)やはぜの木の紅葉(もうすぐ盛りか?)とあいまって美しい光景を作り出していました.

案内されて植物園をみると,やはりいろいろな発見があるものです.薬草園にはチョウセンアサガオやジギタリスがあるのをはじめて知りました.

小石川植物園は崖線・台地面・谷底面を占領している敷地で,崖線下にはお約束のように湧水があります.その湧水の水温分布や,水量の季節変動に関して貴重な話を伺うことができました.

湧水は同じ高さにいくつか並んでいる場合が多く,鵜の目鷹の目プロの目で探してみると結構な数ありました.

なぜかヨン様の話で盛り上がった巡検でもありました. さて,冬ソナで,自転車二人乗りの有名なシーンがありますが,その並木の樹種は何だったでしょう?(本当にこういう話題が出た)

解散後,N先生を賛美する声多数.なるならああいうおじさまになりたい,と.

東京の地形を「食べ残しのケーキ」と形容しながら説明していたのですが,それの影響か,帰り皆で西片を歩いているときに行き着けのケーキ屋さんによって全員ぶんのケーキを買ってしまいましたとさ.

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2004.06.14

[今日のことば]すばらしきかな,研究者

一昨日に引き続いて,数学者イアン・スチュアートの文より.今度は雨宮一郎訳「数学の冒険」(紀伊国屋書店,1990年.原著はI. Stewart, The problems of Mathematics, Oxford Univ. Press, 1987)のまえがき「一般人の代表者Aによる数学者のインタビュー」冒頭より.僕はこれをよむたびに笑いが止まらなくなってしまう:

=====以下引用


A 皆さん今晩は.科学者との気楽な話し合いの会にようこそ.今夜は数学者に来ていただきました.[そちらを向いて]どうぞ
数学者 皆さん今晩は
A 前回まで,結晶を飛び出す原子のことを物理学者に,新しいプラスチックのことを化学者に,麒麟の胎児のことを生物学者に,新しい輸送機関のことを工学者にうかがい,一番遠い星雲を発見したばかりの天文学者にも来ていただきました.ところで,今日は何を話していただけるでしょうか.
数学者 クンマー面のサージェリーで微分構造を持たない四次元の位相多様体ができることについて少し話そうと思います.そのコホモロジーの交叉形式が例外単純リー環E8に関連している点が面白いんです.

=====引用ここまで

数学者の名誉のために書いておかねば成らないが,別に物理学者・化学者・生物学者・工学者・天文学者にだって,このような暗号としか思えないような言葉を語らせることは容易である(実際,博士論文のタイトルが公表されるのを見る機会はよくあるのだがあがたしにはほとんど理解不能であるものも多い).でもやっぱり,専門家が専門の内容を語るとき,数学はもっとも「一般人」に説明しにくい学問だというイメイジはどうしても付きまとってしまう.

この書籍自体は,そんな数学に愛着をもつ著者が,一般人向けに数学の面白さを「翻訳」して語った本である.そのへん心配しないように(結構おすすめである).

さて,われわれ自然環境屋の語ることば.これは対象自体が一般の人にも馴染み深い海・川・森・土・空気・草・生物・・・だから,平易に語ろうとするときのハンディは案外少ない.が,それでもプロどうしの会話には,「よく考えたらこれって普通には理解しづらいよな」と思わされる内容もある.

たとえば「下末吉のころ」って意味わかるだろうか?下末吉とは横浜の近くにある地名なんだけど,「○○(地名)のころ」というと...

要するにこれは約12万年前(±1万年くらいずれる可能性はあるが・・・)の,「最終間氷期」と総称される時代のこと.時代に地名がついているわけです.理由は長くなるので書かないけど,同様に,もっと昔の地質時代,たとえば「ジュラ紀」にもジュラ山地(イギリス)の名前が入っていますね. そういえば地名が時代名についているといえば「江戸のころ」なんてまさに同じですね.

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2004.04.26

八ヶ岳山麓漫歩

昨日の八ヶ岳巡検,まさに絶好のフィールド日和で,こなかった人の不幸に合掌(笑)という感じであった.

真正面に富士山と南アルプスが巨大な屏風をなしている.その絶景を眺めながらの快適な高原ドライブと湧き水探訪.そして森林の解説.

ルートは次のとおり:

小淵沢IC(10時ころ)

井詰のモミ林とモミ巨樹,湧水

観音平に行こうと思ったらまだ道路が冬季閉鎖(なんとこの日までであった・・・)

三分一湧水(昼食.子供たちだらけ)

女取湧水(相変わらず標識が少ないが,今は車道のゲートがなくなり,車で近くまでいけるようになった.ただしダートのわだちの掘り込みはきつくなっている)

八右衛門出口
 (ほとりの栃の木,いよいよ芽生えである)

鳩川湧水
 (湿性の洪水段丘の上,不安定な土層のなす植生景観)

井富ため池水源
 (ハリギリ・ヒメバラモミ・ホオノキという変わった組み合わせの天然記念物巨樹がほとりにある)

清里
 (参加者のひとりのフィールドを案内.離水した面上にのこる湿地の成因について議論)

大門川
 (「流れのそばのハルニレ林」が珍しく残っているところ.)

須玉IC(18時すぎ)から帰京

という,「水と緑」のツアーでした.行きも帰りも,中央道渋滞なし!という不思議な事態.

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2004.04.16

あゆ,北へ奔る

国土交通省河川局が,アユの遡上に関するWeb資料を公開し始めている:

http://www.mlit.go.jp/river/ayu/index.html

ちゃっかり魚道の宣伝もしているあたりはご愛嬌だが,その魚道をむしろアユのモニタリング施設として積極的に?使おうという姿勢を是とするか否とするか.

昨年.鵡川でアユが確認された.放流などだれもしていないだろう…ということで,太平洋側の新たな北限となったわけである. 体長23cmとくれば,なかなか立派なものだね.

あがたし故郷の清水(静岡)には興津川というきれいな川があり,この川はアユの解禁が東日本でもっとも早いことで知られている(→興津川アユ釣り情報 by 興津川非出資漁業協同組合).

つりをまったくやらないあがたしですら知っているくらいだ.よほど釣り人の間では有名なのだろう.

あがたしにとって,興津川は,中学生のころよく遊びに行った清流である. そして川というものは,礫が川底を覆い,そして1,2m程度の水深なら余裕でその底の石ころがみえる,というものであった.

他の川ぞいの出身者ならまた違う感触を,川に対してもっているだろう.同じ川でも上下流で違うはずだ.

「ふるさとの川」が作り出す,それぞれの人の自然観の違い,それはとても興味深いものである.

ちなみに静岡県中部の人は,大河川というものは河口まで礫(石ころ)を運び出すものであると思い込んでいる.たぶん富山湾ぞいの人もそうじゃないかな? もちろんあがたし(母の実家は安倍川下流)も高校まではそうだと思っていた.

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2004.03.19

若い人たちよ,そして地中の神よ

先日確定申告で近くの税務署にいったとき,不思議なことに気づきました.

いや,それは,それを「不思議」と思ってしまうあがたしのこころのほうがおかしかった,てか時代に取り残されていたのかもしれません.

税務署に行列を作っていたのは,多くは年輩の方々.行列の中ではあがたしが最年少にちかかったでしょう.

で,気づいたのは,その年輩の皆さん,来ている服が実に華やか.男性も,です.そしてそれが実によく似合っている…ということです.

生成りのフリースにこげ茶色のズボンのあがたしが,なんと地味に見えたことか(しかも似合ってないかも(笑)).

昨年の日経ビジネスに,内実は華やかな高齢者のファッション・生活・趣味などの特集があり,潜在的奢侈マーケットとしての高齢者市場に焦点をあてていましたっけ.

=====

先日,東海道本線の特急「東海」に乗りました.自由席で余裕だと聞いていて,そしてそれはそのとおり空席が目立った(清水に列車が着いたとき,6号車に(静岡から)乗っていたひとは一名!)のですが,やがて途中の駅で何組かのグループが乗ってきました.これがまたきれいな服を着こなした高齢の方々. 漏れ伝えてくる会話を聞いていると,ジパング倶楽部に入っているようです.

「東海」といえばあがたしが子供のころは帰省の定番(そのころは家に車がなかった). 153系電車のおそろしく硬いクロスシートも,遠出できることに対する純粋な喜びの前では物の数ではなかったですね.

久々に通った丹那トンネル.工事中に活断層が動き,水抜き孔の先端が地中の「どこか」に行ってしまったという,いわば天ノ岩戸のようないわれのあるトンネルです(→資料from 博物紀行資料from 沼津高専地理学教室).ここ数年,そういえば東名で都夫良野トンネルを越えるか,箱根越えをするか,新幹線で新丹那トンネルを突破するかの二つしかしてなかったので,なんだか新鮮でした.

次の帰省が,いつどのような形になるかはわかりませんが,とりあえず頻度は増えそうです.

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2004.01.24

下町ワインディングロード

昔日記で紹介したことのある,文京区台東区境の「へび道

最近「谷根千」めぐり用(もちろん本当は本郷弥生キャンパス内移動用だけど)に買った自転車で,

全力で駆け抜けてみました

いやはやこれはスリリング.5~10mおきにカーブがやってくる細い道は,最後まで集中を切らさず走らないといけない,大変やっかいな代物です.そしてもちろん,それを駆け抜けるのは最高に面白い.下手な3Dゲームよりましなんじゃないでしょうか.

かつての河川の蛇行をそのままなぞったといわれる道です.地形屋にも楽しめるでしょう. ちなみに源流には湧泉があり,そこはソメイヨシノで有名な駒込染井のそばの凹地らしいのです.なんだか行ってみたくなりますね.

閑話休題,昔博士論文をまとめていた先輩は,考えが煮詰まるとクルマに乗って首都高中央環状線をぐるぐると爆走していたんだっけ.あがたしもまねをして,なにか考えがまとまらなくなったらここにブイブイ「走り」に行こうかな.


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